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九州大学移転中止
大型公共事業としての九大移転

1.大型公共事業と借金財政

    福岡市の赤字は、多くの都市が抱えている問題です。この赤字は、次の世代から借金することですから、それぞれの自治体はよく考えなければなりません。」これは、9月28日九大記念講堂でフロアから人工島、新空港、九大移転の費用について出された質問に答えてた竹中平蔵経済大臣の発言です。移転費用に2千5百億円、周辺整備に2千5百億円、併せて5千億円の20世紀最後の大型事業とはやされた九大移転は、国と福岡市の財政に大きな負担となる大型公共事業です。

2.移転は決まったことではないのか?

    平成三年(1991年)に九大が決定したことは、箱崎と六本松の敷地を売って元岡に全学を統合移転するという計画でした。当時の論議の中で、この事業は跡地の売却による自己資金でまかなわれるので、移転は10年以内で完了すると説明されました。

    しかし、バブルがはじけて土地の値段が半減したために資金計画は破綻しました。平成10年(1998年)12月に大蔵省福岡財務局は、移転事業を国立大学特別会計により実施する方針を決めました。年々の国の予算の中で事業を進めることに転換したのです。このことは、九大の元岡への移転に要する期間は、最近完了した広島大学や金沢大学の移転と同様に20年から30年かかる見込みとなりました。

    しかも平成7年(1995年)3月の九大評議会の決定により九大病院は移転しないことんなり、全学統合の目的は消えています。はじめの事業目的が失なわれても、見直しすることなく事業が進められるのが、これまでの「公共事業」の常でした。

    しかし、いま、国の財政状態の悪化により、これ以上、国が借金をして予算をつけることは困難になっています。九大の移転事業についても、建物を建てるには、PFI(民間財政主導)という借金隠しの方法しかなくなってます。周辺整備を担当する福岡市も財政難にあえいでます。

    当初の計画が崩壊して、移転事業が事実上行き詰まっているのですから、11年前の計画そのままに進めることは合理性を失っています。事業を再検討する必要があるのです。

    (注:PFIは民間の資金で建物を建ててもらい後からその建物を買い取るというもの。結局のところ借金。)

3.問題点の数々

    平成3年(1991年)の元岡移転の決定を受けて、福岡市(土地開発公社)と九大による元岡丘陵地の土地買収と埋蔵文化財調査、水資源の調査が行われました。調査結果が公表される以前から、重要な遺跡が発見されているらしいといわれ、水に問題があることや財政についても懸念されていました。平成8年(1996年)になって遺跡と水の調査結果(中間報告)が出され、移転用地に問題があることが明らかになりました。

    (1)遺跡:金くそ古墳(3世紀)から石ヶ原古墳(6世紀中頃)までの前方後円墳、石ヶ元古墳群(5世紀中頃から6世紀中頃;埋葬は8世紀初めまで続いた)などの円墳群、多数の製鉄関連遺跡(7世紀末から8世紀)が発見された。古墳時代から律令国家成立期の、日本国の始まりに関係するきわめて重要な遺跡であることが明らかになってきています。

    (2)自然環境:里山が守ってきた水(幸の神湧水、周囲の地下水)と干潟(今津干潟 80ha;和白干潟は80ha)の環境が破壊されようとしています。

    (3)長期に渉ると見通される移転の過程は九大の教育/研究に大きなマイナスとなります。移転後も、元岡地区と病院地区、筑紫地区と今より分散したキャンパスとなります。

    (4)元岡地区からは、次々に古代の重要な遺跡が発見され、建物用地を造成するには、重要遺跡を壊すしかない状況にあります。歴史的に重要な文化財を破壊して作る大学とは何でしょうか。そこまでしても、使える用地は狭く、例えば、工学部は箱崎で使っている面積の半分に減り、元岡での講義室や研究室は12階建てになります。さらに住まいと交通の悪条件は九大の活力を失わせることになります。学生たちが最大の被害者となるでしょう。

4.結論

    中村敦夫議員が発表した全国悪行地図に載っている様々な公共事業と共通する悪質な事業と言うほかありません。九大の職員の70%は移転の見直しを望んでいます。九大を救い、福岡市の財政破綻させないために、移転事業を中止することが必要です。

 
(井澤英二 2002年10月27日)
修正者 Ryusuke.Otsuka
参考リンク
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