他都市調査

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2005年1月18日(火)~20日(木)
18日(火):大阪市(第三セクターの特別調停及び整理の取り組みについて)
19日(水):名古屋市(ごみ減量の取り組みについて)
20日(木):長浜市(民活の町おこし、黒壁について)

1、18日(火):大阪市
 昨年、大阪市は(株)港町開発センター(MDC)、アジア太平洋トレードセンター(株)(ATC)、(株)大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)の会社再建をを目指して特定調停を裁判所に申し立てし、昨年2月に特定調停が成立した。さらに、クリスタ長堀(株)、(株)大阪シティドームの特定調停が進められている。特定調停とはいかなるものか、何故特定調停に至ったのか、その責任はどのように問われているのか、また、今後の第三セクターの整理をどのように進めようとしているのか調査をした。

1)(株)港町開発センター(MDC)
 湊町開発センターは、旧国鉄操車場跡地の再開発計画出会ったため、旧国鉄清算事業団からビルの底地を引き取った条件が公共用地を2分の1以上という条件が付いていたため、ビルには地下はJRの駅、地上1階はCAT,2階はバスターミナル、3、4階は情報センターと公共部門が大半を占める構造であり、収益事業が占める床面積は全体の4分の1しかなく、当初から採算に乗りにくい計画であった。加えて、バブル経済下の発想で4階建てから6階建てに増床され、事業費が約500億円膨らむこととなり、このことが減価償却と金利負担を大きくし、経営を圧迫することになった。
 当初関西空港開港を当てに、出入国の手続きをこのビルで行いそのまま搭乗できる(CAT)ことが売りであったが、平成13年の見込みは1日往復利用者11千人(内国際線利用者3200人)を見込んでいたが、実際には3分の2の利用しかなかった。また、もともと収益床は4分の1しかないことに加え、商業施設の売り上げは開業の遅れと経済状況の悪化で伸び悩み、開業2年目の平成9年には債務超過に陥った。
 MDCの収益に直結するモールの初年度の売り上げ目標は90億円、年間来場者11,000万人であったが、平成8年の実績は売り上げ56億円、来場者は361万人であった。CATの利用者も計画では開業時の平成8年には800人、将来は1700人を見込んでいたが、最も多かった平成9年で1日196人の利用しかなかった。
 過大な初期投資、過大な需要予測、、また当初から採算性が見込めなかったことに対する市としての対策がなかったこと、バブル経済が終わったにもかかわらず、計画の見直しがなされなかったことが破綻の原因である。

2)アジア太平洋トレードセンター(株)(ATC)及び(株)大阪ワールドトレードセンタービルデング(WTC)
 テクノポート大阪計画は、大阪市が21世紀に向かって活力ある国際情報都市として、さらには快適な都市環境を備えた産業・文化都市として発展していくために、南港及び北港に先端的かつ高次の都市機能を先行的に蓄積させることによって、近畿圏・大阪都市圏の発展をリードしていく拠点としての街づくりを行うとしている。(これは全国各地で同じようなことが語られ、同じような事業が進められ、同じような破綻を招いている)ATC及びWTCはテクノポート大阪計画の一環として南港地区(コスモスクエア地区)の中核施設として建設された。
 ATCは平成3年5月に着工、敷地面積68,000㎡、総床面積335,000㎡、総事業費1465億円、平成6年4月に開業。ATCは国際卸売りマートのITM館とレストラン、輸入ショップ等のO’s棟、展示場のATCホールからなっている。建設着工当初は入居希望者が多かったが、開設時には経済状況が大きく変わりテナント入居が進まず、ITM館の6~9階を閉鎖したまま開業することとなった。
 ATCは国内外卸売りバイヤーを組織することを目的としたが、流通業界が卸売りを通さない直接取引に移行していく中で、バイヤーの組織が出来ず、会員制による会費や入場料を徴収できなかった。また、建物の構造もアミティをコンセプトにした設計であるため、通常の事務所として使いづらいこともあり、施設の入居が進まなかった。卸売業界が大きな転機を迎えていたことに加え、投資計画が多額に上り減価償却費や金利負担が重く、毎年大幅な赤字を計上することとなった。同時に、当時の民間出身社長が、経営上土地を確保したいとしたことで325億円を投じて購入したことが、その後の経営の負担となった。
 WTCは国際交易・貿易情報機能を持つコスモスクエア地区における中核施設として特色あるランドマークを目指して計画された。平成元年当初計画は高さ150m、地上33階、地下2階、総面積111,000㎡、総事業費520億円であったものが、最終的に平成7年の計画では高さ256m、地上55階、地下3階、総床面積149,000㎡、総事業費1,193億円となっり、大阪府のりんくうゲートタワービルと同じ西日本一の高さとなった。開業した平成7年には社会経済情勢が計画当初と激変し、不動産市況低迷の中、オフィスの入居率や賃料水準が低く、計画していた分譲床もめどが立たず、平成8年度決算では単年度損失58億円、累積損失114億円、債務超過に陥っていた。平成9年度決算においても単年度損失55億円、累積損失169億円となり、経営改善が喫緊の課題となっていた。いずれも毎年3~4%の収入増を見込んだ事業計画となっており、バブルの発想で過大な施設を建設し、巨額な資金の借り入れと、不動産市況の悪化で予定の収入が確保できず、たちまち債務超過に陥った。
 このような状況を受け平成10年に3団体経営改善のために見直しが行われた。見直しの視点は償却前黒字を目指すもので、とりあえず資金繰りがつけば安定して経営が出来るとして、借入金の返済計画は念頭になかった。しかし、金融庁の方針により、銀行の不良債権整理が進む中で、銀行から債務返済が迫られるようになり、債務超過の状況は許されなくなった。平成14年から金融機関と債権放棄の協議を始め、平成16年2月に特定調停の合意により債権放棄がなされた。しかし残った約半分の債権については大阪市が損失補償をすることとなり、将来に問題を残すこととなった。

3)特定調停の問題
 当初経営陣は赤字であっても、利息さえ払っておればいいという考えであった。平成13年に、金融庁が銀行の不良債権の整理を指示し、銀行は債務超過の団体に対する貸し出しの規制をはじめ、債務処理について銀行と市との協議が始まった。大阪市は事業継続に向けて銀行へ債権放棄を求めたが、銀行団は債権放棄を拒否し、市に返済を迫った。当時、銀行は会社精算しか債権放棄は考えていなかったが、その後民事再生法等の法整備があり、平成14年から特定調停の協議に入った。平成16年に特定調停が成立し、3社は大阪市と金融機関から1,390億円の金融支援を受け、残りの債務約1,140億円を平成16年度から30~40年かけて返済することになった。
 市は、3団体については公共性があること、また中小債権者に対して迷惑をかけない、地元経済への影響を軽減するために特定調停を選んだ。銀行は借入金の約半分の放棄を認めが、残り分の債権については大阪市が損失補償をすることが条件となった。また大阪市の貸付金については株式化することにした。銀行への債務の返済は30~40年かけて行う計画となっている。
 問題は、大阪市の債権について放棄することで市民の借金にしないために、株式に変えたことが新たな問題として残ることになった。破綻企業の株は資産価値がないため株価は1円となり、貸付金を株に変えたため大阪市の出資比率はほぼ100%となった。このことは大阪市が全面的に経営責任を負うことになったこと、損失補償をしていることと合わせて、事実上全て市民の借金となったことを意味する。
 特定調停を進めるに当たり、市民からは会社精算すべきという声が多かった。また、手続きを進めた弁護士からも「本当に特定調停でいいのか」といわれた。地域経済への影響を軽減するとして、特定調停をすることで事業を継続することになったが、負担は全て市民にかかることになった。また、民間活力を生かす第三セクターの筈が、事業責任は大阪市が取るということになり、事業の監督がいっそう必要となっている。民間でもやれる事業であり、本当に事業継続すべきなのか、市民に明確に答えられなところがあると担当者は語っている。

4)クリスタ長堀(株)
 地下街の経営と地下駐車場を経営する第三セクターである。地下通路については公共施設として無償供与しなくてはいけなかったことから、初期投資が大きく、当初から採算がとれていなかった。公共性が高いということで事業継続に向けて、現在特定調停の協議を始めている。

5)(株)大阪シティドーム
 資本金97億円、大阪市の出資額20億円(20.7%)、総事業費696億円。当時福岡ドームが出来、ナゴヤドームが出来ることが決まっていた時期で、都市のステータスシンボルとしてドーム球場は是非必要ということで無理矢理作られた。しかし、採算などの十分な検討もせず巨額な投資で作られた施設であるため、借り入れが大きく利払いの負担が大きい、近鉄の集客力が極めて弱い、豪華施設であるためメンテナンスに費用がかかるなど、当初から問題を抱えていた。
 特定調停の話を進めているが、見通しは立っていない。特定調停が成立するためには、オリックス球団がホーム球場にするという話しが成立すれば可能性があるが、豪華施設であるため維持管理費に10年間で300億円かかるとみられており、経営は厳しい。特定調停が成立しなければ会社精算となるが、その場合でもドームが売れるかということが問題である。ドームの買い手がなければ大阪市が買わなければ仕方がないという空気になっている。ドームを市が買っても、巨額な維持管理費を抱え、かつ営業的には市民に貸し出すだけではとうてい採算にはほど遠く、オリックスにホーム球場として使ってもらっても赤字は膨らむ可能性が大きい。特定調停の場合でも大阪市が大きな負担をすることになり、会社精算でも大阪市が買わざるを得ないという状況で、市民が納得できる解決策が出せない状況である。

6)今後の第三セクターの整理について
 今回の特別調停の総括の上で、今後の第三セクターのあり方について、民間が出来ることは民間に任せ、市がすべきことは市が行うという線引きを明確にするとしている。具体的には、①新規の第三セクターは原則作らない、②株式会社を作るときは、民間中心で、資金的にも人的にも出来るだけ関与しないかたちとする、③やむを得ず作る必要がある場合は第三者の評価委員会の評価を求め、必要性、事業計画等を評価した上で作るとしている。
 既にある団体については、①存在意義がないもの、目的を果たしているものは廃止、②同じような団体は統合、③株式会社については営業不振なもの、目的がなくなったものは廃止、④収支の目的が達せられた者は株の売却、人員の引き上げをするとしている。委託事業についても見直しを行い、市がすべきものと民間に委託すべきものを整理し、委託料を20%削減としている。補助金、貸付金も見直し、削減する。
 第三セクターの経営については評価委員会によって評価を行い、ホームページで公開する。
 OBが第三セクターの役員人につく時には、会社に説明を求め、合理的理由がなければ認めないとしている。美術館等については独立行政法人化も検討している。
 大阪市では土地開発公社の処理に苦慮している。市として買い取る財政的余裕がなくなっていることから、地価が下がる中で含み損が膨らんでいる。公園用地などは民間に売却しようにも売れないような場所があり、民間に売却することも難しいものも多くあるという。担当者は、土地開発公社の扱いが大きな課題と言っていた。

まとめ
 大阪市では、特定調停という結果を迎え、市民に多大な借金を負わすことになったその原因と責任の所在を明確にするために、弁護士、会計士、大学教授の構成による大阪市特定団体調査特別委員会を設置し、調査を行い、市民の公表している。市民は市の責任を問い、市長の辞任を求める声があるが、市長は替わっている。現市長は市の責任を明らかにするとして給与カットをしている。
 この調査委員会の報告では、特別調停した3団体は共通して、バブル経済の発想で、過大な初期投資、過大な需要予測、そしてバブル経済の崩壊がはっきりとした時期であったにもかかわらず計画の見直ししなかったことに大きな原因があるとしている。その背景として、第三セクター固有の責任の所在が曖昧なことにある。本来民間の活力を生かすということで、民間の経営感覚が期待されたにもかかわらず、緊張感がないまま何ら手が打たれていない。銀行も第三セクターの事業であるため、積極的な見直しをしてこなかった。民間、市、銀行とももたれ合いの構造で何も手を打たなかったことに大きな原因がある。平成10年に経営の見直しがなされ経費削減を行っているが、3社とも開業当初から経営状態は悪く、本来ならすぐにでも経営改善が図られべきにもかかわらず放置されてきた。ここにももたれ合いの構造がある。
 もう一つの大きな原因は、いずれの団体も資本金が少なく大きな借り入れで事業を行ったことにある。バブル期の発想で、収入が右肩上がりに増えるとして、過小な資本で事業を始めたため、原価償却や金利の負担が破綻を加速させた。大規模な事業には資本金は約半分は必要といわれているが、いずれも資本金は10数%程度であった。
 また、景気循環論にとらわれて見直しの時機を逸したことも原因の一つと指摘されている。平成5年には景気回復の兆しが見えていた。しかし、地価下落は続いており、経済構造が変化している中で、甘い期待を膨らませて検証を怠ってきたことにも原因がある。
 調査委員会は一義的な責任は当時の経営陣にあること、同時に、監督が出来なかった市の責任を問うている。問題が大きくなってしか解決できないというのはおかしなことではあるが、過ちを認め、第三者の調査委員会を設置し、原因と責任の所在を明確にしようとしていることは、福岡市も学ばなければならない。人工島建設も福岡市の将来に必要と漠然とした理由で検証としない姿勢は、大阪市と同じ過ちを犯すことになる。既に過ちを犯しており、いまこそ見直す最後のチャンスかもしれない。市長に自ら責任を取る勇気があるか問われている。

2、19日(水):名古屋市
 名古屋市でもごみは増え続けており、平成9年にゴミ排出量が100万トンを超え、平成10年にはごみ非常事態宣言を出していた。名古屋市はこれまで隣の岐阜県に共同で最終処分場を持っていたが、新たな最終処分場を藤前干潟に計画していた。しかし、環境保全の運動が高まり、平成11年1月に藤前干潟保全のために最終処分場建設を中止し、「ごみ非常事態宣言」を行いごみ減量に取り組んだ。その結果、平成11年以降ごみは減り続け、ピーク時の平成10年102.2万トンから平成14年には75.3万トン、市民一人当たり1日のゴミ排出量は平成10年1,251gから平成14年には907gまで減った。今後さらに削減するとして平成22年の目標は平成12年比20%削減、64万トンとしている。
 名古屋市のごみ削減はごみ処理量が減り、資源回収が進んだだけではなく、排出される廃棄物の総量が減っていることにある。つまり、ごみになる物を買わない使わないということが市民生活に定着していることである。リヒューズ、リユースリサイクルということが市民生活に定着している。
 では福岡市とどこが違うのだろうか。明確な違いがある。まず資源回収量が圧倒的違う。名古屋市は市民一人当たり一日の資源回収量は276gに比べ福岡市は65gとなっている。さらに、資源ごみ回収の考えが明確に異なっている。名古屋市は資源ごみの回収は集団回収約6割、市の回収は約4割弱、中間処理(福岡市でいえば破砕センター)での回収は約5%程度しかない。ところが福岡市の資源回収は中間処理施設(破砕センター)での回収が約6割、集団回収が約2割、市の回収が約2割という構成となっている。
 これを見れば何故名古屋市がごみ減量が出来、福岡市が出来ないのか明快である。名古屋市ではごみ分別を徹底して行い、資源回収をを進めた。
 具体的には12分別を行っている。
 資源
 ①紙包装容器、プラスチック包装容器を資源として回収することで可燃ごみの約7割を占めるごみを減らしている。空き瓶、空き缶、ペットボトルを加えた5分別はステーシ ョン回収
 ②紙パック、ペットボトルはスーパー、コンビニ、区役所の拠点回収、
 ③新聞・雑誌、段ボール、衣類などは集団回収に、
 
資源として回収できない物は
 ①可燃物、不燃ごみ、スプレー缶を3分別の上、各戸回収分別収、
②粗大ごみは有料の申し込み制
 
 これは容器包装リサイクル法に従って回収しているだけで、水俣市のような20分別をしている訳ではない。特に紙容器とプラステック容器を分別して出すということで可燃ごみを減らしている。しかし福岡市はこのようなことを実施する考えは全くない。つまり、福岡市は市民にはこのようなことは出来ないと考えている。先に述べたように、福岡市は破砕センターでの資源回収でよしとしており、そのことがごみを減らす意識が生活に定着しない根本的な原因になっていると理解していないことに福岡市の根深い問題がある。
 名古屋市ではごみ非常事態宣言を行い、20%削減を目標に立てた。そのために分別収集を実施する8月までの3ヶ月間に延べ2300回、世帯数の25%に職員総出で説明を行った。また、実施に当たり地域の自治会などが分別指導に当たった。分別できてないごみは収集しないことでの是非が市民から出されたが、概ね多くの市民に支持された。分別をすることで、リサイクルするだけでなく、ごみになる物を買わないという意識が定着し、廃棄物の排出量そのものが減少している。分別することで排出抑制の理念が意識化し、行動となる、まさに「言葉が血と肉となる」ことを名古屋市は実現している。
 事業所ごみについても、これまで中小零細業者のごみについて一般廃棄物で受け入れていたものを全ての事業所ごみは回収許可業者に委託させ、持ち込みはさせないことにした。また処理料も適正化する、焼却場での検査を徹底市、資源ごみは回収させるなどして排出抑制を行った。
 この体験を市職員は実感し、さらにごみ減量を行うという野心的な計画を進めている。それが名古屋市第3次一般廃棄物処理基本計画である。ごみ減量へのさらなる挑戦の一例を挙げると、
 ①現在、生ゴミの資源化を実験的に始めている。市内の生ゴミ資源化業者に2地区を指  定して回収し、資源化を始めている。平成15年で約4,350戸、平成16年約7  200戸となっている。
 ②レジ袋を減らすために、加盟店がシールを事務局から購入し、お客がレジ袋を断ると  シールを渡し、お客が40枚ためると100円の買い物券がもらえる仕組みを作って  いる。買い物券は加盟店であればどこでも使える。加盟店は40枚たまったシールを  事務局に持ってくると100円で買い戻す。市は事務局を支えているが、事務局員一  人分の経費だけで事業は回っている。加盟店は現在571点、コンビニの賭がないの  で今後の課題となっている。
 ③サッカー場における販売者へのリユースカップの貸し出し、イベントでの貸し出しも  始めた。現在イベント用として洗浄器付き自動車が1台ある。カップの貸出料は1個  5円、洗浄器付き自動車はカップ込みで1日6千円ということである。

 最後に、ごみ処理有料化について尋ねた。名古屋市ではごみ有料化について検討されていたが、そのときの答申は「有料化はごみ減量には有効とは認めるが、分別が出来るようになった時点で実施を検討するべき」となっていた。当時は分別が全体では行われておらず、答申はそのままとなっていた。しかし、現在はごみ処理有料化は火急の問題ではなくなっており、当面有料化の話しはないということであった。名古屋市のように分別が進み、努力している状況が量・質的にもはっきりとしていれば話は分かり易いが、名古屋の状況見るとごみ処理有料化はごみ減量とは関係ないといわざるを得ない。

3、20日(木):長浜市
 長浜市では、北国街道を軸に第三セクター「株式会社黒壁」が黒壁ガラス館を中心に街づくりを行っている。ことの起こりは明治時代に建築された第百三十銀行長浜支店が「黒壁銀行」として地域に親しまれていたが、取り壊しの話しがでて、昭和63年に民間企業経営者8名の有志が長浜市の支援を受けて称は63年4月に第三セクターの株式会社として発足させた。地域で保存と活用の動きが起こったことによる。
 平成元年年商1億2300万円、来訪者9万8千人から始まり、順調に来訪者は増え、平成15年度見込みでは217万7千人となっている。一方営業成績は景気の影響もあり、平成10年の8億7700万円をピークに減少傾向にあり、平成15年は7億1300万円となっている。開業以来黒壁ガラス館を中心にさまざまな店が出店し、現在では直営店10店、協力店20店となり街並みを形成してきた。市としても景観地区を指定し、建物の色調や高さなどを規制し、統一的なイメージを形成している。
 経営的には「黒壁」は黒字であったが、平成11年~14年に大阪にアンテナショップを出店したことから赤字となった。平成15年にはアンテナショップは撤退し、単年度黒字に戻っている。
 長浜市でも公害の大型商業施設が出来る中で、中心街の空洞化が深刻な問題となっていた。黒壁の街おこしが進み、中心街もしだいに黒壁の街づくりに一体化するように整備が進んであおり、空き店舗は減少している。中心街にあった大手スーパー撤去後の施設も黒壁とのつながりをつくることで1階部分が活用されている。また、曳き山車記念館も整備され回遊性確保の努力もされている。
 近年の課題は、来訪者が増えているが景気の影響で客単価が減っていること、また観光の通過地点となっており、滞在時間が2時間となっていること、回遊性が十分確保できていない事などがあげられている。「黒壁」ではさらなる集客力つけるためにをつけるために新たな黒壁ブランドづくりを始めている。また回遊性と滞在性を高めるため、地元の観光資源の開発、温泉、地ビール園のとの一体的な整備も課題となっている。
「黒壁」が成功した理由は、民間が主導で進めていることにある。もともと長浜市では、民間の募金で長浜城が再建される、また和服コンテストを民間で企画する、曳き山車の保存を民間中心に行うなど、民間の活動が旺盛であったことが力となっている。第三セクターであるが、市は31%の出資をしているが口は出さない方針で事業をしている。民間活力を活用しているいい事例である。