防災計画調査

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20121月12日
郡山市調査
目的 3/11原発事故後の防災計画について
   原発事故後の対応

新幹線の車中から計測してみました。新幹線内は0.13μシーベルト/h、小売り山駅前のバス停では0.3μシーベル/h程度であったものが、郡山市役所に向かうにつれて次第に炊くなり、郡山市役所前は最も高く1.3μシーベルト/hでした。未だに大会線量の場所があることが改めて分かりました。郡山市が作った汚染マップでも、市役所が最も高いことが示されています。

1、福島県防災計画は全く役にたたなかった
 福島県防災計画は今回のような甚大な事故を想定しておらず、原発立地周辺2~3km周辺での避難計画しかなかった。郡山市は原発から約60Kmで、事故時は避難者を受け入れとスクリーニングが課題となっていた。郡山市は災害訓練には参加していたが、あくまでも避難者の受け入れとしての参加であった。そのため、放射能汚染の対策も出来ていなかった。
 しかし、事故時には地震による郡山市民の被災者が約1万人生じ対策に追われたことに加え、海岸通りからの避難者の受け入れで混乱した。県は災害対策の経験が少なく受け入れ態勢が出来ておらず混乱した。加えて県保健所がスクリーニングをしなかったため、郡山市保健所1カ所でスクリーニングをしたため混雑、混乱した。また、ガソリンが足りなくなっていたことから郡山市でガソリンが切れた避難者も多く、この避難者の対応も郡山市がしなければならなかった。
 事故当初、国からの情報は全く入らず、オフサイトセンターも放射能を防ぐ設備がないため待避しため情報がこなかった。スピーディもオフサイトセンターに装備されていたが、文科省が放射能排出量が分からないとして公表しなかったために多くの被爆者を出した。事故図書の数日間は県の情報・指示で動いた。郡山市でも1号機爆発時に外で作業していた人や断水のため外に給水に行っていた市民が多くおり、被爆したいとがでていると思われる。
 ヨウ素剤の配布については郡山市の保健所に備蓄されていたが、県が100ミリシーベルト/年以上になった時に服用させるということであったので、県の指示に従って配布しなかった。郡山市としては100ミリシーベルト/年以下の被爆は問題がないと考えており、服用させなかったことは間違ってなかった。三春町では町長の判断で配布され、服用された。

2、防災計画の課題
 防災計画の課題として
 ①国と自治体との役割の明確化が必要。
初動の数時間がポイント、この期間の空白が問題であった
 ②独自の情報入手体制が必要
  今回事故当初国からの情報は全くこなかった。モニタ忍苦ポストは原発周辺にしかな く、情報の把握が出来ず判断できなかった。
③オフサイトセンターの機能充実と自治体との情報提供及び連絡体制の構築
  国の現地対策本部が出来る書道時間の空白をなくす体制を明確にする必要がある。ま  た各オフサイトセンターに設置されているスピーディの運用を確認する必要がある。 ④甚大な災害が起きることを前提に防災計画は立てるべき
  今回想定外の災害となり、県の防災計画は全く役に立たなかった。

3、事故後の対策
 全庁的に事故後の対策をとるために、市長直属の原子力災害対策直轄室を設置。防災計画推進担当、保健管理分析担当、損害賠償・相談担当の部署を設置。損害賠償については国が、妊婦・18歳以下の市民には一人40万円、そのtの市民には一人10万円の見舞金と基準を定めたがまだ実施されていない。農作物など生産現場の損害賠償は少し行われなじめたが、旅館など営業に伴う風評被害については進んでいない。
 除染については市長の放射線量を提言させるという判断で昨年4月27日から他に先駆けて始めた。表土を剥ぐことが最も有効ということで行っている。小中学校、保育園が進んでおり、スポーツ施設及び公園の除染を始める。ヨークマルベニが屋内の遊技施設を開設し好評である。
 文科省の資料等から汚染マップを作成し、優先順位を決めて除センサ行にはいる。生かし、全面的な除線は計一時間がかかるため、線量提言か活動支援事業として、各町内会等除染作業に取り組む団体に1団体50万円の補助金を出し除染作業を進めている。市として「放射性物質所染マニュアル」を作成し、団体に説明を行っている。またすべての656町内会にサーベイメーターを配布している。課題は除染したものの保管。現在仮保管場所として各町内で話し合って場所を決めてもらっているが問題はある。
 健康管理として妊婦及び中学生以下のこどもにばっぢしきせきさんせんりょうけいを配布、定期的にチェックしている。今後は20歳未満の片に電子式積算線量計を配布予定。20歳以上は希望者に貸与する。
 野外活動が制限されている小学校児童のために、線量が低い湖南地域に夏休み中に郡山市湖南林間学校の実施。日上程な運動や遊びの場として体育館や公民館の自由使用で解放している。
 健康管理として、24年度内に内部被爆の検査できるようホールボディカウンター2第の設置、こどもの工場千軒差の超音波検査機1台設置する。食品の検査のための放射性物質測定器ゲル間入半導体検出器2機、NaIシンチレーションスペクトルメータ5台、NaIシンチレーションサーベメーター2台、学校給食用にNaIシンチレーションスペクトルメータ2だいを配置した。これらは生産者や水道水などの検査用で市民の検査希望に供するものではない。
 助演については特別措置法が出来たが、1~20ミリシーベルト/年の汚染地は市町村が実施、20ミリシーベルト以上は国が実施となっている。費用は国が負担するというものの市町村の負担が重い。

13日
新潟県防災計画及び安全協定について調査。
 知事が防災対策に熱意があることが、防災計画見直しに現れている。新潟県防災計画は2007年7月の中越沖地震において柏崎仮は原子力発電所の変電施設が火災を起こすという事態を受け、防災計画が見直された。昨年の3月11日東日本大震災、福島第1原発事故から再度見直しをしている。

1、中越沖地震後の見直し
 中越沖地震の経験から、大規模災害発生時に原子力発電所も被災することを想定して見直しが行われた。
1)大規模自然災害等発生時の対応
①発電所状況の迅速かつ的確な情報提供体制の強化
 原子力災害に至らない軽微な事故についてまたは状況が不明な場合も県内のすべての市町村に情報提供する。
 東京で力は中越沖地震に被災する以前も多くの事故隠しをしており、地震時についても放射能漏洩情報がきちんと出されなかったことから、周辺自治体及び住民から不信感をもたれていた。

②事業者の初期消火体制の強化
 中越沖地震で変圧器火災の消火が遅れたことで甚大な事故の可能性があり、東電が自営消防体制をつくることと地元消防との連携等の体制を整備することとした。

2)複合災害時の対応
 複合災害が生じたときは人・物の被災、移動の傷害、住民の不安の高まりなどより対策が困難になることを想定して見直しをした。
①本部体制の見直し
 原子力災害の時には知事が柏崎市にあるオフサイトセンターに行き災害対策本部に加わるとしていたが、複合災害時には通常の自然災害時と同じ体制で県庁に災害対策本部を設置して県庁にて知事が指揮すると変更。オフサイトセンターと県庁は繋がっている。

②避難誘導体制・避難所運営体制の整備
・避難困難が増すことを想定して、予防的措置としての早期避難
・自主防災組織や消防団等の協力を得た確実な避難誘導
・避難所被災による広域避難への対応
・原子力災害と自然災害の避難所運営の違いを考慮した別々の設置

③避難し事件源の明確化
 知事または市町村長が独自の判断で避難指示することを明記

④緊急時モニタリング活動体制、緊急被爆医療活動体制の強化
・代替手段や広域応援等による活動体制の維持・確保
 現在刈羽総合病院1箇所だけが指定されているが、3/11を受け新たな医療機関の指
定を検討  
・モニタリング施設については可搬型モニタリング機12台、モニタリングカー1台を保有。3・11後は県内全域にモニタリングポストの設置を検討。

2、3・11後の見直し状況
 現在新潟県防災会議原子力部会で検討されている。新潟県防災会議原子力防災部会には、これまでの関係自治体及び関係団体に加えて、新潟県市会、町村長会、地域住民代表として「柏崎刈羽原子力発電所の透明性を確保する地域の会」会長、新潟大学医学関係者、新潟県農業協同組合中央会、新潟県漁業協同組合連合会、三菱総合研究所、新潟市が参加している。新潟県では防災計画見直しに当たり、市4回の原子力発電に関する市町村勉強会を開催、離島の1損をのぞくすべての市町村が参加した。そこで、様々な意見の聴取も行っている。防災計画見直しに当たり、防災対策の考え方と防災対策の範囲についての考え方について事務局案が示されている。福島原発時を鑑み、課題が整理されており、大変参考になるものである。

課題を8に整理
①情報伝達・避難指示
 特別事象発生時にはすべての市町村に直ちに通報
 スピーディの活用
 予防的早期避難とPEZの住民の30Km圏外への避難

②避難施設の確保・調整
 知事が事前にパターン毎に複数の避難場所を調整、避難時は知事が避難先を指示
 地域コミュニティ毎の避難

③避難態勢の整備
 自家用車による避難を想定してシミュレーションを行い、交通規制及び避難誘導体制をつくる。市町村では事前に避難先及び避難経路を住民に周知。
 避難朝雨の安全確保のためにヨウ素剤およびマスク等防護機材を整備

④スクリーニング体制の整備
 県と市町村で協力し広域でのスクリーニング体制の整備。県は機材と要員の配備、市町村は仮説救護所の運営を支援。

⑤避難・屋内待避社の生活支援
 初動機は市町村が避難者のケア、その護憲が引き継ぐ。
 避難が長期に亘ることを想定して、避難者の健康管理、プライバシーの保護、メンタル相談、要援護者、男女のニーズ等を配慮した対応をする。
 
⑥食料・物資の備蓄
 長期避難及び長期屋内対に備えて食料の備蓄の充実
 防護マスク逃亡後機材の整備と安定ヨウ素剤を全県を対象に備蓄。

⑦災害時要援護者の支援
 病院や施設での避難計画策定
 在宅者に対する市町村の避難誘導計画策定
 県は福祉避難所の確保

⑧モニタリング体制の整備
 県内全域でのモニタリング体制を整備
 市町村における測定体制の整備、人員の要請・確保

新潟県として防護対策の基本的な考え方は早期避難、避難は知事が市町村長を通じて避難先を指示する。屋内待避は市町村長が指示及び解除。県内を4エリアに分け、分かりやすい表現で示す。現在、市町村とエリア指定について協議中。
①即時避難地域(PAZ・5km圏) 特定事象発生時には直ちに30Km圏外へ避難 
②避難準備区域(UPZ・5~30Km圏) 緊急時モニタリング結果等から必要と判断 した場合は30Km圏外へ避難
③屋内待避計画地域(PPA・30~50Km圏) 必要に応じて屋内待避、ヨウ素剤の 服用等を実施 
④放射能線量監視地域(県内全域) ヨウ素剤の備蓄、モニタリング等の実施

 なお、ヨウ素剤投与について聞き忘れた。

3、安全協定について
 新潟県と東京電力との安全協の締結及び変更の経緯について訪ねた。当初、原子力発電所は国の監督下で運転されされ、国が安全確保するとしていた。経済産業省は原子力発電所を進める立場から安全協定には否定的で、協定内容の行き過ぎ懸念し事業者に厳しく指導していた。安全協定は法令に基づかない紳士協定であり、精神的、住民へのピーアール的なもで、県の環境モニタリングに係る事項を主体に、自治体の立ち入り権、措置請求、損害賠償請求等に関して基本的な事項とした
 昭和58年6月28日に結ばれたが、当初は全国各地の協定を参考に作成した。立て続く東京電力の事故隠し、2007年の中越沖地震での変圧器火災事故等を受けて改訂してきた。また、事故が内部告発によって明らかになった経緯があり、東京電力内にも内部告発の受け皿があるが協定に入れることで担保した。度重なる事故隠しにより、住民は東京電力に不信感を持っており、住民の立ち入りや著説の停止を求めることができること、再稼働の時には協議が必要なことが協定に織り込まれていった。どんな小さな事故でも報告する取り決めがなされており、事故防止対策として実効性を高めてきた経緯がある。現時点での安全協定は紳士協定ではあるが、無視できないものになっており、民法における契約と同じような効果があるという認識が示された。新潟県の安全協定は学ぶものが多い。